こちらは先程「聖典」に掲載した文献の完全版です。
(前ポスト) https://plus.google.com/+MailEater_White/posts/7ne5DesYghk
翻訳は Itonaga Naohiro さんによるものです。
Originally shared by Itonaga “Siel Dragon” Naohiro
ポータルクルー回収文献
束の間の静寂だった。
スザンナはポータルの前に立っていた。瞳を閉じ、内にその眼を向けた。演奏が聞こえる...ガスランプ・クオーターから流れてくる素晴らしいブルースの調だ...カモメの群れは...次第に消えていった...自らの呼吸を確かめると、非常に浅かった。心臓がバクバクと拍動していた。海風が鼻腔をくすぐった。その全てを意識から退けねばならなかった。次から次へと感覚が...消失していった。そしてスザンナは広大な電気的ネットワークと自らを形づくる化学的相互作用に意識を向けていった。それらと同調し、やがてはそれすらも沈黙させた。スザンナは立ち尽くしていた、彼女のそばを通り過ぎる人々も多くは彼女に気付いた様子はなかった。それでもスザンナにはアノマリーの発生したこの街に今なお漂うエックスエムを抑え込むことはできなかった。
スザンナは感じ取っていた、エックスエム特有の疼くような感覚を。深く強い感覚だった。スザンナは自分が優れたセンシティブであるとは考えてもいなかったが、この街で生み出され消費されていくエックスエムが彼女に影響を及ぼしていたのだ。おびただしいエックスエムに晒されたが故の当然の結果であった。
スザンナは過去を拭い去り、今を拭い去り、そして未来のみが残された。スザンナには使命があった。決して復讐などではない。復讐は隠れ蓑に過ぎなかった。実に尤もらしい隠れ蓑であった。国家情報局でフィリップスから学んだことだ。誰もが望むであろう顛末を利用せよ、とはフィリップスの言葉だ。ヤーハンとスミスは父親を殺害していた。復讐心には誰もが関心を寄せる、衝動的にだ。人々はスザンナを愚か者と考え、ヤーハンを襲うものと考えることだろう。そう信じ込ませておけばよい。
ヤーハンとスミスは壮大な盤面の駒に過ぎぬ存在だった。だが、その盤面をスザンナが変えようとしていた。この時、この世界にいる七十億からなる全人類でただひとり、スザンナにはその力があったのだ。今から数か月前、父親が彼女に囁いた言葉がそう告げていた。
ナイジェル・モイヤーは誰よりも世界の深淵まで覗き込んだ男だったが、ナイジェルに機が熟すことはなかった。オブシディウスもベスビアン・マグナスも、あるいは他の者たちも...その機を掴むことはなかった。
今こそ刻が到来したのだ。あるいはスザンナがそうだと信じようとしているのだろうか。いつの世も人は自分たちが終末の世にいるものと考えてはいなかっただろうか。思い違いではないかとの考えがよぎってはスザンナは振り払っていた。そんなことを考えても埒のあかぬことだった。
迷いは何者かが侵入したことで断ち切られた。大学図書館のアーカイブを覗き込もうとする人物をスザンナは察知したのだ。男は監視の目に気付いたかのように顔をあげた。その瞬間にスザンナは察知した、スコーパエステーシアとも言うべき超常現象の引き金となってしまったことを。男はスザンナと視線を交錯させた。彼女に監視されていることは察知していたが、それが誰で何処からなのか察知しただろうか。男の動きは迅速に、人目を避けるものとなった。より慎重なものに。
その男と話さねばならないとスザンナは悟った。男のそばにはポータルの気配があった。そこには杖を手に冠を被った人物が描かれていた。司教、あるいは教皇だろうか、あるいは聖人だろうか。スザンナは、ある言葉に思い至った。ミスカトニックだ。スザンナはどこへ向かうべきかを悟ったのだった。
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翻訳は Itonaga Naohiro さんによるものです。
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ポータルクルー回収文献
束の間の静寂だった。
スザンナはポータルの前に立っていた。瞳を閉じ、内にその眼を向けた。演奏が聞こえる...ガスランプ・クオーターから流れてくる素晴らしいブルースの調だ...カモメの群れは...次第に消えていった...自らの呼吸を確かめると、非常に浅かった。心臓がバクバクと拍動していた。海風が鼻腔をくすぐった。その全てを意識から退けねばならなかった。次から次へと感覚が...消失していった。そしてスザンナは広大な電気的ネットワークと自らを形づくる化学的相互作用に意識を向けていった。それらと同調し、やがてはそれすらも沈黙させた。スザンナは立ち尽くしていた、彼女のそばを通り過ぎる人々も多くは彼女に気付いた様子はなかった。それでもスザンナにはアノマリーの発生したこの街に今なお漂うエックスエムを抑え込むことはできなかった。
スザンナは感じ取っていた、エックスエム特有の疼くような感覚を。深く強い感覚だった。スザンナは自分が優れたセンシティブであるとは考えてもいなかったが、この街で生み出され消費されていくエックスエムが彼女に影響を及ぼしていたのだ。おびただしいエックスエムに晒されたが故の当然の結果であった。
スザンナは過去を拭い去り、今を拭い去り、そして未来のみが残された。スザンナには使命があった。決して復讐などではない。復讐は隠れ蓑に過ぎなかった。実に尤もらしい隠れ蓑であった。国家情報局でフィリップスから学んだことだ。誰もが望むであろう顛末を利用せよ、とはフィリップスの言葉だ。ヤーハンとスミスは父親を殺害していた。復讐心には誰もが関心を寄せる、衝動的にだ。人々はスザンナを愚か者と考え、ヤーハンを襲うものと考えることだろう。そう信じ込ませておけばよい。
ヤーハンとスミスは壮大な盤面の駒に過ぎぬ存在だった。だが、その盤面をスザンナが変えようとしていた。この時、この世界にいる七十億からなる全人類でただひとり、スザンナにはその力があったのだ。今から数か月前、父親が彼女に囁いた言葉がそう告げていた。
ナイジェル・モイヤーは誰よりも世界の深淵まで覗き込んだ男だったが、ナイジェルに機が熟すことはなかった。オブシディウスもベスビアン・マグナスも、あるいは他の者たちも...その機を掴むことはなかった。
今こそ刻が到来したのだ。あるいはスザンナがそうだと信じようとしているのだろうか。いつの世も人は自分たちが終末の世にいるものと考えてはいなかっただろうか。思い違いではないかとの考えがよぎってはスザンナは振り払っていた。そんなことを考えても埒のあかぬことだった。
迷いは何者かが侵入したことで断ち切られた。大学図書館のアーカイブを覗き込もうとする人物をスザンナは察知したのだ。男は監視の目に気付いたかのように顔をあげた。その瞬間にスザンナは察知した、スコーパエステーシアとも言うべき超常現象の引き金となってしまったことを。男はスザンナと視線を交錯させた。彼女に監視されていることは察知していたが、それが誰で何処からなのか察知しただろうか。男の動きは迅速に、人目を避けるものとなった。より慎重なものに。
その男と話さねばならないとスザンナは悟った。男のそばにはポータルの気配があった。そこには杖を手に冠を被った人物が描かれていた。司教、あるいは教皇だろうか、あるいは聖人だろうか。スザンナは、ある言葉に思い至った。ミスカトニックだ。スザンナはどこへ向かうべきかを悟ったのだった。
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